モンペとセーラー服
去年、仙台の常盤木学園という女子高が防寒対策を兼ねてパンタロンを導入したというニュースを見て、昭和の時代に一部の地方の女子高生が

上はセーラー服

下はモンペ

という珍妙な制服を着ていたのを思い出した。

親の帰省や旅行で地方に行く機会の多い都会の子供はモンペセーラー服を見慣れていたが、初めて見た子供は地方の人には失礼だが「何だ?ありゃ?」と仰天して大笑いをしていたものだった。

もちろん、それ相応に現代的なデザインのパンタロン+セーラー服といった感じには仕上がっているのだが、基本的なコンセプトは

モンペセーラーと一緒

なんじゃないのかな?

モンペセーラーも冬が寒い地方だけだったようだったし。

但し、夏休みや林間学校でも見かけたから、夏も普通に着用していたみたいだったけど。
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下敷きがベロベロ
昭和の小学生は今の時代の恵まれたクソガキ小学生と違って、エアコンなどという文明の利器の恩恵に浴すことはできなかったが、冬場には密かな楽しみがあった。

昭和の学校の暖房はコークスを燃料としたストーブで、多くの学校では教壇の横の方に鎮座ましましていて、ストーブの上には加湿用の水を張った金盥が置いてあった。

休み時間に暖を取りにストーブに集まってムダ話をしていると、必ず金盥のお湯に下敷きを入れて遊ぶヤツが出てくる。

バカなヤツはワンシーズンに2,3回は下敷きを金盥のお湯に投入してクタクタにして、

下敷きをオシャカ

にして使い物にならなくしてしまっていた(僕もその一人だけれど)。

下敷きを熱したお湯に投入すれば、下敷きをダメにしてしまうことは十分にわかってはいたのだけれど、金盥の中のお湯は下敷きを投入せずにはおかない

魔力

があって、子供たちは少なくともワンシーズンに1回は

下敷きを金盥の供物

にしてしまい、デコボコの下敷きでノートを書くはめに陥った上に、親に見つかって怒られていた。

しかし、親に怒られたぐらいで下敷きをベコベコにする楽しみを放棄することは到底叶わず、バカな小学生は

せっせと下敷きをダメにして

喜んでいた。

冬を迎えるたびに全国の小学校や中学校(高校もかな?)で毎年、毎年、下敷きをクタクタにして遊んでいたんだから、今にして思えばバカなことをやってたもんだと思うが、やっぱり、呆れるよりも楽しかったという思いが強く思い出され、

お金を出してもいいから

下敷きをクタクタにさせてくれるところはないのかなどというバカなことをチラッと考えてしまうのである。
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酔っ払いの必須アイテム
昭和の酔っ払いというと何故か、

必ず寿司の折詰め

を持って、

街角を宇宙遊泳

しているイメージがある。

そのイメージの根源にあるのは、恐らくと言うか間違いなく漫画の影響で、酔っ払いは必ず寿司の折詰めを持って、フラフラと千鳥足で流行歌を歌いながら、時折、

「チクショー」とか

「バカヤロー」とか

「課長のヤローわかってねーな。」

なーんて言いながら目をバッテンにしている情景を頭に思い浮かべるのである。

もっとも、昭和世代の人間に聞いてみると、

「そんな酔っ払いは見たことがない。」

という意見がほとんどではあるが、

「いっぺん、そんな酔っ払いを見てみたかった」

との意見も多く、

「寿司の折詰め酔っ払い」

は結構、密かに憧れの的でもあったことが発覚したのであった。
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昭和の12月14日
昭和の時代は12月14日前後には毎年必ず、「忠臣蔵」を放映していた。

単発の二時間モノとか、年末に向けて最終回に持っていく連続モノと形は違えど、恒例の年中行事として放映されていた。

当然、毎年やるもんだから、見ているほうだってすっかり筋が頭に叩き込まれていて、

「そろそろ、浅野内匠頭が刀を抜くぞ。」

「大石内蔵助が遊んでいるのは油断させるためだ。」

「堀部安兵衛が走ってる。高田馬場に行くんだな。」

「吉良上野介はあの掛け軸の裏から逃げた。」

「赤穂浪士は吉良上野介の布団が温かいのを確認するんだよね。」

とか、家族でああだこうだと語らいながら、ミカンを食べたり番茶を啜りながらテレビを見ていた。

平成の現代は11月下旬くらいから、人々の関心はクリスマスに奪われるけれど、昭和の日本人にとっては、クリスマス前のちょっとしたイベントとして、「忠臣蔵」が位置付けされていたように思い起こされる。

もっとも、子供にとっては忠臣蔵よりクリスマスのほうが圧倒的に楽しみだったのは今の時代と変わらないのだけれど。
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コタツに関するエトセトラ
いつの時代からか建売住宅やマンションは洋室優遇、和室冷遇の傾向となり、何部屋あっても和室は一部屋だけで残りは全部洋室という部屋割りの物件が多くなっている。

そのせいか、一般家庭の冬の暖房も洋室に合わせてエアコンやファンヒーターが主流となり、コタツは今の時代では冷遇されているように思われる。

しかし、そうは言っても日本の冬の暖房の王様と言えば誰が何といってもコタツであり、日本の冬の風物詩としてなくてはならない必須アイテムなのは間違いない。

そんなコタツも近年では家具調コタツが当たり前のように幅を利かせて、昔ながらの

「表面ニス塗り裏面マージャン対応

起毛コタツ板搭載コタツ」


をまったく見かけることがなくなった。

子供の頃の記憶では、「表面ニス塗り裏面マージャン対応起毛コタツ板(長えよ!)」は大抵、表面に父親や祖父の仕業によるタバコの焦げ跡が二つ三つあって、ヒマな時ついつい意味も無く焦げ跡をなぞったり、家族が誰もいないときは思い切って裏面の「マージャン用起毛側」を表にして起毛のケバだった感触を楽しんだり、友達とトランプで遊んだりもしていた。

コタツ板の上に置く物と言えば、ミカンと煎餅とお茶の「和物」が定番だったが、ネスカフェやクリープ、あるいはニド、さらには日東紅茶やリプトン紅茶のティーバッグ、ヴァン・ホーテンココアなんかの「洋物」も意外に馴染んでいたものだ。

そんなコタツで丸くなりながら、窓の外の晩秋から初冬にかけての重くどんよりとした空の下に渋柿が二つ三つぶら下がっている風景を、お茶を啜り煎餅をバリバリかじりながらぼんやり眺めて、今年の紅白は誰が出るのかと思いながらコタツの中で寝ているネコを足で突いて遊んだりするのが、ふた昔前の昭和の子供の平均的な冬の迎え方だったように思う。

それが、「家具調コタツ」なんて怪しい一派が暗躍しだしてからというものの、

「コタツの王道」

を歩んできた「表面ニス塗り裏面マージャン対応起毛コタツ板搭載コタツ(本当に長いですね)」の出番は激減し、ほとんど絶滅してしまった。
しかも、それと共にコタツ本体のヒーターも薄くなり、コタツで寝込んで寝返りを打ったときにヒーターの出っ張りで足を引っ掛けて股関節を広げたままの状態で眠り続け、

「昨日、コタツで眠って股関節を痛め

てさ〜。」


なんて話題で盛り上がることも無くなり味気ない冬を過ごす事態を招くこととなってしまった。

ところが、こんな由々しき事態にも関わらず、メーカーは「家具調コタツ」とさらに「若者一人暮らし向きカジュアルコタツ」の生産に余念が無く、「表面ニス塗り裏面マージャン対応起毛コタツ板搭載コタツ」なんかには見向きもしない。

これはケシカランなどと思っても既に手に入れることは困難だし、かと言って今さら手に入ると言われたって、

「ええ〜っ?あんな古いコタツじゃ、

ちょっとねえ?やっぱ、家具調コタツ

なんじゃないの?今の時代は。」


な〜んて、すっかり家具調コタツに手なずけられてしまったもんだからどうにもならない。

何だかんだ言ったって、家具調コタツでも煎餅やみかんや肉まんは十分似合うし、出っ張ったヒーターがないおかげで快適にうたた寝できるのはありがたい。

結局、「表面ニス塗り裏面マージャン対応起毛コタツ板搭載コタツ」なんて物は思い出の中で美化したまま時折思い出すほうがいいのかもしれないとも思う。
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